ジョジョ第5部の最後に「ローリング・ストーンズ」のエピソードが必要だった理由

 

ローリング・ストーンズの話が最後にくる意味

 

今ジョジョの奇妙な冒険5部「黄金の風」がアニメ化されていて、アニメからジョジョを見始めたであろう人が、SNSとかで『ジョジョ第5部で、ローリング・ストーンズの話って必要だったか?ボスを倒して第5部完で良かったんじゃない?』みたいなツイートを見かけたので、今日はローリングストーンズの能力とかエピソードの意味とかを自分なりの解釈で書いていこうかなと思います。

 

まあ『ローリングストーンズ』のエピソードってボスを倒した後に急に来る前日談の話で、一見すると???みたいなオチなので、さらっと読むと「この敵でもない悟り開いたおっさんなんなんだよ、主人公のジョルノがGERでディアボロのキンクリ倒して大円団で終わりでいいじゃん」って感想になると思います(自分も初見はそうでした)。

 

しかし何回か読むとローリングストーンズのエピソードは5部において必要なエピソードだったと分かります。というのもこの話に、ブチャラティがベネッツィアの教会でボスのキングクリムゾンの致命傷を受けて死んだはずなのに生きている理由があります。

 

まあオチから言うと、ブチャラティは既に死ぬ運命にあり、ヴェネツィアの教会でボスのキングクリムゾンに致命傷を受けたはずのブチャラティが(一時的に)生き返ったのは、ご都合主義でも何でもなくローリング・ストーンズのスタンド効果です。

 

 

ローリングストーンズのスタンド効果

 

 

 

■彫刻家の男スコリッピを本体とするスタンド能力。彼は幼少時から自然に能力が発現していた天然のスタンド使いである。

 

■スコリッピはある種の霊的な超感覚力、身近な者に近く訪れる「死の運命」を感じ取れる霊能力を有している。この霊能力はそれ単体では真贋不確かな予知でしかないが、これにスタンド能力が加わることで超常的な現象を引き起こす。その現象とは、死期が近い者の「死の姿」を象った「石」を生み出し、それを用いてその当人を「安楽死」させることである。

 

■この能力に巻き込まれる可能性があるのは、スコリッピと関わりのある者全員であり、たとえ面識がなくとも何らかの関わりを持った時点で能力の対象内となる。それらの者たちのうち、数ヶ月以内に死ぬ運命にあり、かつその死が「苦しみ」を伴う「無益な死」である場合、その死を「安らかなもの」に変えるため、ローリング・ストーンズは発動する。その発動はスコリッピの意思とは無関係な自動的なもので、発動したが最後スコリッピにも止めることはできない。

 

■ローリング・ストーンズは「未来に必ず起こる運命」を擬似的な物質に変えて作られる「実体化したスタンド」であり、外観は「石」そのものである。「今の世界」の中に現れ出たその姿は、最初は直径40cmほどの球体をしており、その中に死すべき運命にある者の、「未来に死んだ時の姿」が彫刻として埋もれている。なお隠された「死の姿」は等身大のサイズであるが、石の大きさから分かるようにそれは全身像ではない。(作中では胸を貫かれて死んだブチャラティの胸から上の姿が彫刻になっていた)

 

■また出現時点の「石」の滑らかな球体表面には、大きく「凶」の一文字が彫られている。スコリッピがこの漢字の意味を知っているかは不明だが、この文字は一説によると「落とし穴にはまってもがく者」を表す象形文字であるとされ、それは不幸な死の運命から逃れられない者を象るこのスタンドに相応しいものである。

 

■出現した石は対象者を自動的に追跡し始め、追跡途中に受ける物理的な衝突・衝撃などで少しずつ削れていく。そして中に隠された「死の姿」が露わになるほど、追跡能力は強くなる。その追跡は、「死の姿」が露わになった後には直接的に転がって対象者を追いかける。その動きはかなり緩慢だが、階段を転がって登ったり1mほどジャンプする程度のパワーがあり、執拗に追いかけてくる。一方、球体がほとんど削れていない段階での追跡は、かなり大ざっぱで追跡手法も異なり、対象者の周囲数10m以内で現れたり消えたりしながら移動するようである。

 

■また「未来の運命」が物質化したこの石は、基本的には「今」に存在して「今」を移動するが、行く手を遮る障害物がある時には、ほんのわずかに自身を「未来」に持ち上げることもできるらしい。これによってこの石は障害物に対して、まるで天井が開いた迷路の壁を乗り越えるかのように移動できる。そしてその移動は物質世界上では、石が緩慢に障害物に沈み込んでいくように見える。

 

■ローリング・ストーンズで彫刻された「死の姿」には、対象者に起こる「苦しみを肩代わりする」力が宿っている。そしてその効果は対象者が「石に触れる」ことで発揮される。その時具体的に何が起こるのかは作中では描写されていないが、おそらくは生命エネルギーを全て吸い取られて、眠りに落ちるように安楽死するものと思われる。一方「石」の方はおそらく、「死の姿」と「当人の生命エネルギー」が揃って「運命の肩代わり」を終えた後で消滅する。(これらの効果が発揮されるのは当然石に彫られた当人だけであり、他者が触れても全く影響はない)

引用元:http://azathoth.jp/stands/kobetu/RollingStones.htm

 

 

つまり、ローリングストーンズは自動発動型のスタンドでその効果は、「死の運命にある人間を苦しませずに安らかに死なせる能力」で、作中ではブチャラティの死の運命に反応し、ブチャラティの死の形となり、ブチャラティを安楽死させるべき追跡していました。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

そして、ここからが重要でローリングストーンズには「運命を改変するスタンド効果があり、それは死すべき者の苦しみを肩代わりするだけでなく、それ以上の「益」を周囲の者にもたらすという形で表れます。

 

作中の場合ではスコリッピの恋人がローリングストーンズの能力で安楽死させられたことにより、結果的に彼女の残した臓器が彼女の父親を救うという「益」をもたらしていました。これがローリングストーンズの運命改変効果です。

 

このようにローリング・ストーンズは、「無益にもたらされる「苦しみ」と「死」に対して、死を変えることはできない代わりに「より良い死」を与えるための能力」な訳です。

 

しかし、その当人や仲間がそれを望まない場合、「石」をバラバラに砕くことができればこの能力から逃れられることができます。

 

作中ではミスタがローリングストーンズが反応しない=自分は死の運命にないことを逆手にとってビルから飛び降りることで石を破壊していました。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

しかしローリングストーンズの石の破壊に成功したとしても、その者に本来起こる「死の運命」からは逃れられるわけではありません。

 

むしろローリングストーンズの能力を拒否すると、その死は本来より多くの「苦難」の後に与えられると共に、ローリングストーンズによって与えられるはずだった「益」の代わりに「害」が生まれます。

 

作中の場合だと最初はブチャラティ1人だけが死の運命にあったはずなのに、ミスタが石を破壊したために、石の形(運命)が変わってしまい、その残骸にアバッキオとナランチャの顔が掘られてしまいました。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

つまり、ここでブチャラティが安楽死を選ばなかったために運命が変わり、2人はボスとの闘いに巻き込まれ命を落とす運命になってしまったのです。これがローリングストーンズの能力を拒否することで生まれる「害」と言えます。

 

ですが、石の破壊によってローリング・ストーンズの能力から逃れた者は、「死を前倒し」にしようとしたこの能力の反動なのか、本来死ぬべき時(つまり石が彫った姿の時)を越えて、死人の体に魂が宿った状態で何日か活動を続けられることができます。

 

つまり、ヴェネツィアでブチャラティがボスのキングクリムゾンから致命傷を受けたにも関わらず、一時的に生き返ったのはこのローリングストーンズの能力なのです。逆にミスタが毎回ボロボロになりつつ死なないのも、そこでは死なない運命だからです。

 

 

まとめ~人は皆、眠れる運命の奴隷である

 

第5部の物語は一見チンピラのジョルノがボスを倒して、夢のギャングスターになるというジャンプあるあるの勧善懲悪のサクセスストーリーですが、哲学的な見方をすると、ディアボロのキングクリムゾンの能力というのは、運命を操る(未来を読み、都合の悪い未来を書き換える)能力であって、それに対して運命の奴隷である主人公たちが、闘いを挑む話なわけです

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

そして、ブチャラティたちがローリング・ストーンズの能力によって安らかに死ぬという結末を拒否し、死という運命が待っていようとも最後まで抗った結果、ジョルノが矢を手に入れゴールド・エクスペリエンス・レクイエムを発現させてディアボロに勝利し敗北したボスは自分の運命、つまり帰るべき自分の人生を永遠に失って無限に死に続ける訳という最期を迎えました。そう考えるとローリングストーンズの話は蛇足どころか超重要な話だと思います。

 

人の運命が見えるスコリッピ(ローリング・ストーンズの本体)にとって、人生とは結末の見えている虚しいもの、あるいは価値のないものに見えていたわけですが、このエピソードで運命に立ち向かうミスタ(とブチャラティたち)の姿を見て、彼は考えを変えるわけですね。「人は運命の奴隷かもしれないが、その人生には意味があるかもしれない。その姿は他の誰かの希望となるのかもしれない」と。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

実際ブチャラティたちは運命の通りに死んでしまいましたが、彼らの意思はジョルノ・ミスタ・トリッシュに受け継がれ、結果として無敵のスタンドであるディアボロとキングクリムゾンを倒すことができました。

 

そういう意味でブチャラティたちは自分の運命は変えられなくとも死ぬまでの生き方の選択によって、周りの運命を大きく変えられたと言えるわけで、ブチャラティたちはある意味では『運命に勝利した』と言えるのかもしれません。

 

ジョジョの考え方でいくと人の運命とは既に決まっているものであり、それに抗う事は出来ず、人はこの先に何が待ち受けているかも知ることはできず、ただ運命を受け入れるしかない存在、つまり『眠れる奴隷』なわけです。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

ですが「覚悟」を決めてその運命に立ち向かう者は更に大きな犠牲を払い、いずれその運命に押し潰されるとしても、 自身の納得という意味では幸せなのかもしれない=目覚めた奴隷だと言えます。

 

そういった意味で『ローリングストーンズ』はジョジョ5部の「あらかじめ決まっていると運命に対してどう向き合えばいいのか」というテーマのためのスタンドと言えます。

 

まとめると、このローリング・ストーンズのエピソードは「人の運命は既に決まっていて変えられないものだとしてもなお、人生には生き方によって価値があるのかもしれない」というメッセージを描いたというが込められた荒木イズム全開なエピローグな訳です。

 

こういうところがジョジョ5部の良いところだと思いますね。個人的にジョジョの奇妙な冒険は8部以外全部好きですが、5部は考えさせられるところが多いので一番好きです。

 

 

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ジョジョの奇妙な冒険の作者である荒木先生の「運命に対する向き合い方」の話は5部だけではなく、ここから6・7部でも続いていくので、スタンド能力とかは確かに分かりにくくなっていきますが、哲学的な意味で見ると1・2・3・4部よりも5・6・7部の後半のほうが奥が深く考えさせられる点が多いかなと個人的には思います。

 

 

 

 

 

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プロシュート兄貴とペッシから見る「言葉」でなく「心」で理解するという事の意味

 

 

臆病なマンモーニ(ママっ子)のペッシ

 

暗殺チームの中では下っ端で、人を殺した経験すらなく、先の戦いで敗れた二人の仇討ちまで口にするなど言動に青臭さが感じられる。恐らくは年齢もブチャラティ達とどっこいどっこいなのかもしれない。 登場時はプロシュート兄貴に甘えっぱなしの臆病なマンモーニ(ママっ子)だった。覚悟も実戦経験もあまりないようで、ミスタの奇策に完全にビビっていた。プロシュート兄貴のおかげでなんとか助かったが、その後に兄貴から暗殺チームの一員としての覚悟と気迫の足りなさについて説教を受けていた。ブチャラティとの初戦でもあまり活躍出来ていない。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

こういう感じでペッシはプロシュートの兄貴から何度も成長しろ、供御を持てと口酸っぱく言われているわけですが一向にペッシにはそれを理解できませんでした。そのために彼はミスタに氷を割られて動揺でスタンドを解除してしまうなどのミスを犯してしまい、結果的にブチャラティたちは救われました。

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

言葉は背中で語れ

 

そして、なんだかんだでトリッシュのいる亀を発見したわけですが、ここですでにミスタの失敗したという報告を聞いて、ブチャラティが亀から出て待ち構えており、ペッシは不意打ちで一発ノックアウトされ、プロシュートの兄貴とブチャラティの怠慢バトルが始まるわけですが、プロシュートの兄貴はブチャラティの奇策により列車に引かれてしまいました。

 

ですが、プロシュートは瀕死の状態ではありますが、かろうじて生きており、最後の力を振り絞って自身のスタンド能力であるグレイトフルデットの老化を維持します。このプロシュートの兄貴の死ぬまでスタンドを絶対に解除しないという姿勢と覚悟を見て、ペッシはようやく日ごろから言われていたけどよく分かっていなかったプロシュートの兄貴からの言葉の意味をようやく「言葉」ではなく「心」で理解したのです。

 

 

 

引用:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

わかったよ、プロシュート兄ィ!!兄貴の覚悟が!「言葉」でなく「心」で理解できた!」
「ブッ殺すって思った時は、兄貴ッ!すでに行動は終わっているんだね」

 

 

 

そこからのペッシはまさに別人で戦闘では自身のスタンド能力を大いに活かした戦法で奮戦。 その成長っぷりたるやブチャラティにして「外の老化の男さえ倒せば もうオレたちの勝利かと思っていた・・・だが 甘く見ていた。この列車の中で本当にやっかいなのは「老化させる能力」の男の方ではなかった。真に恐ろしいのは・・・・・・・・・!!この「釣り糸」の男の方だった!」と言わしめたほどです。

 

車の停止後、車外にてブチャラティと正面切って一騎討ちを展開。致命傷を負いながらもかろうじて生きていたプロシュート兄貴の援護もあり一時優位に立つが、自身の『糸』を逆利用され、ブチャラティによって首を折られてしまう。

 

それでも執念で立ち続け、亀の内部に入り込んでジョルノたちを道連れにしようとしたものの、寸前の所で阻止され、アリアリラッシュをお見舞いされる。バラバラになった肉体は川の中へと落ちていき、ペッシの敗北とほぼ同時にプロシュート兄貴も息絶えた。一見当たり前の行動にしか見えない道連れに対しブチャラティがキレた理由だが、恐らく道連れの理由が(口では仲間の為と言っているが)ブチャラティに悔しさと絶望を味わわせたいだけであった。

 

つまり先程までの気高い覚悟がただの自己満足に摩り替わってしまっていたからだと思われる(亀を叩き付けようとする際の下卑た笑い声がそれを示唆しているのだと思われる)。兄貴の言葉通りに「ブッ殺す」と心の中で思った時に行動が既に終わっていれば、他のメンバーを全滅させることもできただろうに、すぐにそれをせずにその様をブチャラティに「見せつける」ことを優先したのだ。「そこら辺のナンパ道路や仲よしクラブ」と同等か、それ以下の末路であった。「精神の成長に心が追いつかなかった」と言われる所以である。

 

まあ結果としてペッシは精神的に成長したもののブチャラティの覚悟にあと一歩及ばず敗北してしまうわけですが、このペッシとプロシュートの兄貴から見えることとしては、「相手に対して、自分の言葉や意味を本当の意味で伝えたい場合は自分を背中で語るのが一番効果的」だということです。

 

例えば子育てであれば、子供に対してもガミガミ勉強しろという親がいます。ですが、子供はその場では勉強するかもしれませんが、それからまた親が口酸っぱく言わないと勉強しません。これはその子供が親の言葉を心で理解していないからです。

 

そして、子供が親の言葉の心で理解できていないのは親が勉強していないからです。自分がろくに勉強していないのに勉強しろしろと言って子供が勉強するわけないのです。もし本当に子供に勉強してほしかったら、自分が資格勉強なりをしてその背中で勉強の意味を語るべきなのです。

 

そうすることで子供は親のいう勉強の大切さをそうでないと子供は親の勉強しろという言葉の意味を心では理解しない、つまり真に理解しないのです。

 

 

終わり

 

ジョジョシリーズは1~8部までありますが、個人的に一番好きなのは5部ですね。ストーリー自体は一見3部みたいな敵を倒すみたいなものですが、そこに「運命への覚悟」と「結果と過程」という人生哲学が上手い感じで込められていて好きです。

 

人間賛歌という意味では6部と7部も好きですが、個人的には五部の塩梅が一番好みです。今回のペッシとプロシュートや最後のキングクリムゾンとゴールドエクスペリエンスレクイエムの対比や、ローリング・ストーンズも好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【ネタバレ】コードギアス「復活のルルーシュ」の感想(評価/レビュー)とシャムナのギアスについて考察

 

コードギアス「復活のルルーシュ」の感想(評価/レビュー)

 

 

 

コードギアス「復活のルルーシュ」見てきました!面白いと評判だったので、ハードル高めで観に行ったわけですが、メチャクチャ面白かったです。

 

見る前はパチマネーのためにやったんだろうけど、さすがにr2の最後を越えるのは無理じゃね?と思っていましたが、見てみるとそんなことは全然なく超面白かったです。リバイバルブームに乗った蛇足かなと思ったものの見た後ならこれがルルーシュの物語のラストなんだなと受け入れることができました。

 

やっぱりルルーシュ(の精神)が復活したところで、めっちゃテンション上がりましたし、ルルーシュ出るだけで面白くなるのはズルいなーと思います。全体的にこれまでのコードギアスのお約束を踏襲しつつ、ルルーシュ・C.C.エンドに向かうストーリーでした。

 

これまで敵同士だったカレンとスザク、コーネリアやオレンジ・アーニャが共闘していたり、本編で敵同士だったキャラが仲直りして一緒に新たな敵に挑むという燃えるオールスター展開でした。作戦自体には参加していなかったものジノやシュナイゼルのその後も少しだけですが、描写されていてまさにギアスファン必見の映画でした!

 

あとネットで散々叩かれてた扇は日本国の首相を辞めて、ルルーシュが復活した後にR2の終盤を裏切ったことをルルーシュに直接謝罪するシーンもあったので、ネットの扇死ねの風潮も収まるでしょう。個人的にはルルーシュに止められるのを分かってて、首もとにチャカ突きつける辺りで若干イラッとしましたが・・・。まあ良くも悪くも善人すぎて空回りがちなのが谷口監督の思う扇のイメージ像ってことなのでしょう。

 

 

「復活のルルーシュ」のあらすじとTV版との違い

 

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↑の記事に主な相違点はまとめていますが、TV版と違っているのはシャーリーがロロに殺されずに生きているくらいですね。ルルーシュはてっきり中盤くらいで復活するのかと思いきや本編始まって5分で出てきてました。

 

ただルルーシュがR2の終盤でシャルルとマリアンヌを殺す際にCの世界のシステムをギアスで壊してしまったため、Cの世界が不安定になっており、シャルルからコードを継承して不老不死になりスザクに刺されたあと、肉体は復活してても精神は復活しておらず、あうあうあーになっているのをCCが必死に介護しています。

 

CCがルルーシュと一緒にいたときはニートみたいでしたが、いざルルーシュがダメになるとちゃんと自分で料理を作っていたり、甲斐甲斐しく世話していて母性がやばかったです。これはマオが惚れるのもしゃーない・・・。

 

大まかな映画のあらすじとしては、「スザクとナナリーが査察先のジルクスタン王国付近で奇襲にあって捕まる」→「カレンと咲世子・ロイド博士がスザクたちを助けるためにジルクスタン王国に潜入」→「Cの遺跡を探すために滞在していたCCとたまたま遭遇しルルーシュが生きていることを知る」→「Cの遺跡&スザクが捕まっている監獄に侵入」→「敵に見つかりピンチになる」→「土壇場でルルーシュが完全復活し皆を助ける」→「潜入していた他のメンバーと合流して敵(ジルクスタン王国)に奇襲をかける」→「シャムナのギアスによって皆ピンチに陥るもなんとか頑張って倒す」→「大団円&ルルーシュCCは二人で旅に出る」という感じです。

 

個人的に好きだったのが監獄での戦闘ですね。地下のCの遺跡から復活して、絶対遵守のギアスで死ね!という1期2期からのお決まりの展開からの、ギアスで敵の作戦室を掌握し、そこからノリノリでキーボードを叩く姿と、周りを包囲されて圧倒的な戦力差がある中から、お得意の挑発で敵の司令官を引っ張りだして、ピンポイントで仕留める、作戦が上手くいってドヤ顔のルルーシュ。これが見たかったんですよ!ホントに!これだけで観に行ってよかったなとおもいました!

 

 

 

終盤にシャムナのギアスによって、本編ルルーシュが多用していたお得意の敵にギアスを仕込んで混乱を起こす撹乱作戦が破られたのは少し衝撃的でしたが、そこで全くの予想外の事態に慌てふためいて顔に手を当てて表情を歪めるところとか、諦めかけてたところをCCに咤激励されるところとか、まさにこれぞ皆が好きになったコードギアスそのものって感じでした!

 

 

他にもオレンジを思い出す作戦ファイナルのハッタリもルルーシュらしくてよかったです。改めてこの作品はルルーシュが本当に魅力的だったんだなと確認。

 

それにしても、あれだけ綺麗に終わった作品の続編出して割と無難な感じに着地させるだけでもホント谷口吾郎監督は凄い人だと思います。さすがにガンダムseedを徹底分析して作っただけあって、視聴者が何を求めているのかホントに良く分かっていますね。

 

鉄血のオルフェンズとかいうゴミを作った東大卒のPとカタルシスを理解していない脚本家は、谷口監督の爪の垢を煎じて飲んで欲しいところですね。世の中には自分の作りたいものを作ってたまたまヒットしたという監督は結構いてますが、狙って視聴者が満足できるエンターテイメントとして面白い作品を作るという技量でならば、今日本のアニメ監督の中で谷口監督が一番高いと思います。

 

 

シャムナのギアスの謎と考察

 

少し分かりにくかったのがシャムナのギアスですね。シャムナのギアスは死ぬとその記憶を持ったまま過去に戻る能力です。つまりシュタゲの岡部がやってたタイムリープができるわけですね。これによって何度もやり直して、スザクの足元に地雷を置き、監獄でも獄長を予め牢屋のなかでスタンバイさせることが出来たわけですね。

 

そうなると最初のスザクが負けたシーンもピンポイントで地雷を置いている時点で1回はやり直しているのだと思います。また砂漠で奇襲していたり煙幕を張っている辺り、加えて2,3回やり直しているのかもしれません。

 

というわけで本編は何回かスザクに負けて、何度かやり直した結果な訳でスザクが負けるのはしょうがないわけですが、視聴者から見れば瞬殺されているので、やはりスザクの印象はあんまりよくありませんよねー。

 

そして、シャムナのギアスは自分に干渉するタイプなので、ルルーシュもCCもやり直されていることには気付いていません。シャムナのギアスは死んだ六時間前にセーブポイントが上書きして作られるイメージです。なので「死んで戻ってすぐ死んで12時間前に戻るとかは無理」です。

 

最後のところの例だと、最初に風呂場に戻った時点で強制上書きセーブされてるので、どう頑張っても弟と風呂入ってた以前の時間にはタイムリープはできないということになります。

 

他にも監獄でシェスタールが死んだ報告を9時間前と敢えて具体的な時間が出ており、シャムナが死に戻りする素振りがないところも、これはシャムナが6時間以上前には戻れないということを表現しているのだと思います。

 

シェスタールの死を6時間以上経ってから聞いてしまったのはシャムナにとってはかなり痛手だったでしょうね、ただでさえコマが少ないのに軍事面におけるNo.3がいなくなったわけですし。

 

そしてシャムナの目的はナナリーを使ってCの世界に接続して、自分のギアスの6時間制限を取っ払うことだと思います。だってあのギアスは自動発動っぽいのであままだとシャムナは映画の最後でルルーシュに睡眠爆破されなくても、いずれは無間地獄なわけですし。

 

そしてシャムナのギアスは元々は単なる未来予知だったのが、Cの世界が崩壊して中途半端にコードを継承したために変化して、タイムリープ(死に戻り)という風になったみたいです。ある意味不死なわけですし、わからなくもないですね。CCとかが不死身なのはCの世界に肉体のバックアップがあるからで、Cの世界にあるバックアップの肉体が消えれば普通の人間と変わらなくなるみたいです。

 

Cの世界はルルーシュがギアスで神(人の顔みたいなのが二重螺旋構造なっていたタワー)をぶっ壊したのと、それで消えたシャルルとマリアンヌの残留思念(亡霊)みたいもののために、よーわからんことになってます。

 

ルルーシュが生きていたものの精神が復活しなかったのもCの世界が不安定だったからみたいで、青のギアスとか掘り下げるのかなと思いきやそれどころじゃなかったです。あと尺の都合上しょうがなかったのでしょうけど、ジルクスタン王国側のキャラももう少し堀り下げてほしかったですね。

 

 

最後のシャムナ戦の時系列と解説

 

最後のシャムナ戦が映像の流れから少し分かりにくいと思った人が多いと思いますが、時系列で整理するとそこまで複雑ではありません。

 

 

 

 

ルルーシュの考えた作戦をCCが実行しているのは、マオのような心を読むギアスを警戒してのことだと思われます。ルルーシュってもうコード持ちだから、CCみたいにギアス効かないんじゃね?って思いましたけど、シャムナのように完全なコード継承者ではないため、敵のギアスは効くのかもしれません。

 

ていうかルルーシュってコード持ちなのに、ギアス使えてるのもよく分かりませんね。まあCの世界が不安定だからか或いはコードはv.v.由来でギアスはC.C.由来なため、ハイブリッド化したからなのかもしれません。

 

個人的に最後のシャムナ戦の疑問に感じた点としては、シャムナのギアスを絞るための作戦がそんなに沢山あるのか?って点と策を何個も試す→失敗を繰り返している間耐えられてる味方の耐久力がおかしいところですね。

 

特に最後の世界線だと何個も作戦を叩き潰されてるわけで、特にニーナチームはメガネ型のブレイズルミナスでかなりの時間を凌いでいるのとか、さすがにちょっと都合よすぎるんじゃないかってのと、敵は沢山いるから少人数で奇襲しないと到底勝てないって設定だったのに、シャムナのギアスによって奇襲は潰されて、正面からやりあうことになって倒している&何個も作戦看破されて作戦時間はドンドン伸びているわけです。

 

そして、その間味方はどんどん敵地で戦況不利になってるのにあんなにやすやすと神殿に入れて、スザク・カレンはともかくコーネリアや玉木やニーナが各々の相手倒してるって増援とかもそうですけど、どんだけ相手弱いんだよって話なので、その辺はギアス特有のガバな気がします。ですがノリの良さはすべてを解決ですねー。

 

まあジルクスタン王国はブレイズルミナス等の技術提供もないっぽければ軍備縮小されてるのかエース以外の機体がザク以下の火力だったので、最近技術を使ったルルーシュ側の少数精鋭部隊で、いざ奇襲したら速攻でバレてて正面突破になったけれども、案外なんとかなったという感じなのでしょうか?

 

 

ルルーシュが復活(生存)した理由

 

ルルーシュなんで生きてんのって話ですが、これはシャルルが消滅間際にルルにコードを押し付けていたからです。Cの世界を壊して両目ともギアスになった時点でルルーシュはCCと同じコード継承者であり、不老不死だったわけでスザクに刺されても普通に生きていたのです。

 

 

引用:コードギアス 反逆のルルーシュIII 皇道

 

 

ただ肉体は不死身のものの精神の方はCの世界が不安定だったためか戻らず、あうあうあー状態だったので、それを元に戻すためにCCが各地のCの遺跡を巡っていました。ゼロレクイエムの時ルルーシュがコードを継承しているかは分かっておらず、一応ルルーシュはちゃんと死ぬつもりだったけどCCがわがままで復活させたという事になっています。

 

ルルーシュがコードを継承して生存していたのは映画だからという話ではなく、「TV版にもルルーシュがコードを継承していて&ゼロレクイエム後生存している描写はあります」。例えばナナリーがルルーシュの手から記憶を読み取っているシーンはCCと同じ記憶の暴走ですし、R2の最後のCCが馬車の上に乗っている場面にある折り鶴もCCは折り鶴を折れませんし、ナナリーもいないのでルルーシュが生きていない限りあそこに折り鶴がある訳なく、あのシーンで馬を引いていたのはルルーシュということになんでしょうね。最初の精神崩壊してたルルーシュが被ってた帽子や服と似てますし。

 

 

 

 

にしてもスザクが復活したルルーシュに会った瞬間に「また嘘をついた!」殴りに掛かっていたのは笑いどころでしたね、R2の土の味といい10年ぶりくらいにこれぞギアスだなーっていう感じがしました。ただスザクはもう少し出番欲しかったですね。基本的にランスロットとグレンもシャムナのギアスのせいでメタられた描写しかなかったので、無双成分が少なかったのが少し残念でした。

 

外伝映画の亡国のアキトは話はともかく、ランスロットなどKMFのCG戦闘は良かったので、それに比べると復活のルルーシュの戦闘描写は少し物足りない感じはありました、まあ今回の映画の尺だと戦闘はあれくらいの配分が限界だったと思うので、しょうがない気がします。

 

そして、復活したルルーシュがあまりにも毒が抜けていて別人かなと思いましたが、やはりナナリーという重りとブリタニアへの復讐とかのためにゼロを演じていただけで、素はこんな感じの素直な青年なのかなと思います。

 

コーネリアのたいしても昔のゼロを演じていた頃なら、仮面を着けたままだっただろうに、今回は素直に仮面を取って素顔を見せて協力を仰ぐシーンもルルーシュは変わったなぁと思いました。コーネリアの協力を取り付けた瞬間、姉上からお前呼びになっていましたが・・・。今回コーネリアの扱いは謎に良かったですね。作画も気合入っていましたし、ルルーシュのはったりも散々してやられたからかすぐ理解していましたし。

 

ユフィの件が衝撃的すぎて、スザクはともかくコーネリアとの和解とかあり得ないと10年前は思ってましたけど、気持ちって風化するもんですね。あとコーネリアがルルーシュのギアスの被害者にクロヴィスとユフィだけでなく、ダールトンの名前を出していたのが、覚えていたんだってちょっと驚きました。

 

 

ルルーシュとナナリーを助けたのは誰?

 

最後の場面でCの世界でルルとナナリー助けたのは恐らくロロとルフィかなと思います。青がロロ、ピンクがユフィかなと。今回の映画だとみんな仲直りしてますし、Cの世界でルルーシュとナナリーですし、てっきりシャルルとマリアンヌが助けてくれるのかと思いきや、残留思念でCの世界を不安定にしてますし、攻撃してきますし、ホントどこまで行っても毒親っぷりは変わってませんでした。

 

そうなると既に作中で死んでてルルーシュとナナリーを助けてくれそうなのってもうユフィとロロくらいしかいないので、この二人が助けてくれたのだと思います。もしかしたら映画を見ているギアスファンのみんなという遊園地のヒーローショー的なメタ表現なのかもしれません。

 

そして最後はルルーシュがLLとしてCCと不老不死同士でシャムナの死と共に神殿から世界中に散らばったギアスの欠片を探す旅に出かけます。ここでシャーリーが死んでいたら少し後味が悪いですが、シャーリーが生きているので、この終わりでもいいかなと思えました。ルルーシュとCCの仕事はギアスの欠片によって目覚めたギアス使いを審判するみたいな感じですね。

 

 

終わり

 

今回の映画でルルーシュが復活したことに納得いってない人がいるみたいですが、僕はルルーシュ復活してよかったと思います。たくさん人を殺した贖罪がーだの言ったって他のキャラだって人殺しまくりですし、なんでルルーシュだけ集中砲火なんじゃボケって思いますね。ナナリーに関してもいつまでもルルーシュがいたら依存するだけなので、スザクと共に1人立ちすべきでしたしR2終盤での行き違いも解消されたのでいい分かれだったと思います。

 

そしてルルーシュの物語は今回で終わりですが、ギアスシリーズ今後も展開されるみたいなので、そのあたりは楽しみですが、やはり今回の映画でルルーシュの物語は終わった感じがするので寂しいですね。今回の映画から数百年後にルルーシュとCCがケンカして双方が違うギアス使いを立てての壮大な痴話ケンカとかはありそうですけど。。。

 

まあルルーシュはカレンやらスザクと違って皆で騒ぐところに帰るような人間でもないし、王の力を持つ前から結構孤独でしたし、映画見たらCCのところに行くしか初めから選択肢はないですよね。

 

テレビ版も綺麗に終わってましたけど、映画版見たあとは映画版が最後なんだなあと違和感なく感じましたし、R2ラストの荷馬車のシーンは今回の劇場版の話の後で馬を引いていたのはルルーシュでしょう。

 

まシリーズ化はルルーシュが、頭脳派・シスコン・もやし・似非クール・程よいイキり・からの顔芸とほぼ全て完備してて、良くも悪くもキャラが強烈すぎるので表から退場させて、シリーズ化は新しい主人公だとインパクト薄いのは否めないでしょうし、相当ハードルが高いでしょうね。

 

ギアスの元になったガンダムSEEDも結局キラ以上の人気なキャラを生み出せなかったので、SeedDestiny以降メディア展開はなくなってしまいましたし、そういう意味では、今回の映画を綺麗に仕上げた谷口監督の技量は素晴らしいですが、次回作のクオリティがギアスシリーズの命運を大きく左右するでしょうし、ここからが本当の正念場でもありますね。是非頑張ってほしいと思います。

 

 

ドラゴンボール超「ブロリー」でのゴジータ・ジレン・ブロリー・ビルスの強さ関係の考察

 

ドラゴンボール超 ブロリーの感想

 

今日、「ドラゴンボール超ブロリー 」観てきました。まず感想としては、めちゃくちゃ面白かったです!!主題歌の「ブリザード」も名曲でしたね

 

本筋としては、まず最初の方の惑星ベジータが消滅するまでのエピソードが良かったですね。惑星ベジータと悟空の幼少期の設定は今までゲームのムービーやフリーザーの回想でコロコロ変わっててガバガバでしたが、今回完全に映像化されて確定した感じですね。設定的には一番いい落ち着き方だと思います。自分的にはこれが一番いいと思います。

 

今までサイヤ人は家族にも特に情はないみたいな設定でしたが、今回はベジータ王もバーダックも子供思いのいい?父親でした。とくにバーダックがめっちゃキャラ変わって、たった一人の最終決戦がはなかったことにされましたが、知的でクールな良い奴になってました。

 

また息子たちに対するバーダックとギネの優しさが伝わって、ドラゴンボールの映画で初めて泣きましたねー!バーダックとギネが悟空のことを心配して、地球に送り出す所がとても感動しました。

 

 

 

ラディッツも一応触れられてましたけど、子供の頃の声がピラフと同じ声で笑いました。ラディッツはすでにベジータとタッグを組んで仕事してましたけど結局ラディッツの設定はよくわからんまま・・・。

 

 

 

 

 

あと、ベジータ王とベジータがターブルに対して関心が全くない所がちょっと可哀想だなぁと……。そしてフリーザと惑星ベジータの破壊シーンもありました。そこで、アボと̚カドもチラッと出てましたね笑

 

次が、ブルマとフリーザがドラゴンボールを集める理由ですね。ここも映画中に思わず笑ってしまいました。 ブルマは年齢を5歳若返らせるためにドラゴンボールを集めてしょうもない理由だなと思いましたけど、それよりもフリーザがドラゴンボールを集める理由もなかなか面白かったですねw

 

てっきり不老不死になるとかだと思ってたら、身長を5cm伸ばすためにドラゴンボールを集めててフリーザって身長気にしてたんだな……と。この辺が今回の笑いのポイントですね、ギャグパートも寒すぎずに面白かったです。けどこんなことに一々ドラゴンボールを使ってたら、そりゃGTでイーシンロンがブチギレるのも無理はないなーって感じがしますね・・・。

 

後は、悟空たちとブロリー の怒涛の戦闘シーン!!ここが本当に凄かったです!2019年現在一番スゴイ戦闘シーンの作画でした。さすが、天下のバンナムとサンライズですね。本当にスゴかったです。白い氷の大陸での戦闘は色が映えて良かったです。円盤もポチリましたけど、映画館映えする出来でした。

 

特にベジータ周りの作画すごいよかったです。 CGをうまく溶け込ませてスピーディーなバトルの中で瞬時にCGから手書きに変わるから違和感なかった上に映像化のベジータのスーパーサイヤ人ゴットの演出がかっこよかったです。

 

そして、今回の映画の見所はブロリーもですけど、「スーパーサイヤ人に変身するシーンとスーパーサイヤ人状態の姿が見所」だと思います!! もう髪の毛が金髪になるのなんて見飽きたと思っていましたが、今回はスーパーサイヤ人に変身するときのエフェクトが少し変わってて見ごたえがありました。あとスーパーサイヤ人ブルーになる時悟空が一瞬身勝手の極意的な銀色オーラが少し出てました。

 

んで、瞬間移動の目印としてセーブポイント扱いされるピッコロがツボでしたね。まあ確かに加勢したところで神コロレベルではなんともならないので、良いんですけど笑。

 

あとご飯が完全に出番なしの空気でしたね。悟天とトランクスすら序盤にチラッと出てたのに完全に出番なしって・・・。ホントにセル編で片手かめはめ波してたころが、強さも人気も全盛期でしたね。。。

 

ベジータの愛妻家っぷりは相変わらずで、ブウ編悟空「合体してくれ。ブルマも殺されたんだぞ?」 F悟空「瞬間移動するから手繋いでくれ。早くしないとブルマ殺されちまうぞ?」 ブロリー悟空「合体してくれ。じゃなきゃブルマ殺されちまうぞ?」みたいに毎回毎回ブルマのために合体してる辺り、もう完全に地球人ですね笑

 

そして、今回のブロリーの強さの根源は大猿の力を変身なしで扱うことができることからきているみたいで、やっぱりこの状態のブロリーが一番カッコいいですね。

 

んで、大猿にならないで大猿の力が使えるという辺り、スーパーサイヤ人ゴットやブルーの次の段階は大猿パワーのコントロール、つまりGTのスーパーサイヤ人4という伏線なのかなと思いました。でもそうなるとSS4の方がブルーより強いということになりそうですし、ジレンもブロリーも普通の気だけど神より強いし・・・。

 

なんか神の気って普通の人間には感知できないとかいう設定だったので、個人的には超や復活のF辺りを見てて神の気はノーマルな気とは超えられない壁があるのかと思いきや強大な気の前には押しつぶされそうっていうのがちょっと残念という肩透かしというか・・・。

 

まあそれはともかく破壊神とか天使とか全王とか神の気とか出してこの先どうやってGTの時間軸に繋げるのか。。。うーんどう考えても繋がらない気がしますし、GTはビルス様と出会わなかったパラレルワールド扱いが自然なんじゃないかなとおもいますねー。

 

設定的にはGTのほうが説得力ありますけど まあGTの17号は可哀想すぎますし、設定こそ凝ってるもののマニアックすぎるうえに暗すぎかなと。超は話も設定も原作者なはずですけど、ガバガバですし力の大会も最後の悟空とフリーザの共闘以外はいろいろと思うところはあるものの、とにかく世界が明るいので見てて楽しいですね。

 

 

新ブロリーのキャラと強さ

 

 

 

で、やっぱりブロリーは最強でしたね! 多分今のところ、大神官様とか天使たちを除いた歴代のキャラの中で1・2位を争う強さです。ブルーのカカロットとベジータが相手になっていなかったので、ジレン(覚醒前)よりは普通に強いと思います。ただ天使のウィスは緑髪状態のブロリーを難なく裁いてたのでやはり別格ですね。(その辺の話は後半で)

 

まあブロリーもかっこよかったけど、ゴジータもよかったですねー。ベジットはルックスは好きなんですけどイマイチ戦績が微妙なのが・・・。まあ戦った相手が合体ザマスとか強すぎるやつばっかりでしょうがない気がしますけど・・・。

 

まあ今回初披露のブルーの姿のゴジータも観れたし!! アニメでも、ブロリー 編やって欲しいですね!! あとビルス様がブラの子守りをするところも面白かったですね。

 

そして、今回の映画では「ブロリーがめちゃくちゃ純粋でいい奴でした!」 。これまでのブロリーは、絶対ベジータ殺すマンのThe悪役みたいな感じでしたが、今回の新ブロリーは普段はすごい優しくて仲間想いのいい奴だけど、怒ると手が付けられなくなるバーサーカーって感じでした。

 

ただ47歳のブロリーが「お父さんの事を悪く言ってはいけない…」といってると思うと。。。あとチライが色々と良かったです。んで最後にブロリーと悟空がライバル同士になるのもめちゃくちゃ熱い展開でしたね。有名な「カカロットォォォォォォォ」はなかったですけど、今までみたいに、悟空のことを恨んでもないし、映画の後のブロリーの活躍もTV版とかでやって欲しいですね。まあそのために今回生かしておいたのでしょうけど。

 

また旧版の方だとブロリーの父がベジータに恨み持つ理由が薄くて、ブロリーが悟空に切れる理由もあれでしたが、今回はバラガスとブロリーが辺境の星に20年近く飛ばされて、過酷な生活を強いられたことでベジータ王とベジータに恨みを持つという自然な流れになってました。

 

まあそんなパラガスが劇中でフリーザーにこっそり雑に殺されてて笑いましたね。序盤パラガス、ブロリーを助けるために命がけで助けにいく。中盤パラガス、チライにブロリーを戦闘マシーンにしてる屑扱いされるがブロリーはお父さんを悪く言わないでほしいという。終盤パラガス、フリーザに殺されてブロリー覚醒のトリガーに。この二人の関係は結局よく分かりませんでしたね。まあ本筋とは関係ないので省かれたんでしょうけど、親子の絆とはなんだったのか・・・?

 

カカロットの方は完全にとばっちりで因縁が薄かったですね。最後に仲直り?して名乗りあってはいましたが。まあ個人的にブロリーとカカロットの因縁なくしたのは英断だったと思います。ベジータとの因縁のみってほうが自然な設定かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルックスに関してもMADで見慣れた上半身ハダカ状態のブロリーより今回の新ブロリーの方がよかったと思います。良リメイクかなと。あとパラガスが普通の超サイヤ人見てビビるのは新鮮で良かったです。

 

他にも幼少期シーンでベジータ王が幼少期のベジータの戦闘力がスカウターで測定して300でおおっ・・!!と喜ぶ描写とかがあって、セル編辺りからスーパーサイヤ人のバーゲンセールですっかり感覚がマヒしてましたけど、「あっ、スーパーサイヤ人なれるのってすごい事だったんだなー」と20年ぶりくらいに再確認しました。

 

あとドラゴンボール超になってフリーザが自分より強いブロリーを味方にしようとしたり、かなり性格柔軟になってましたね。昔の自分が絶対最強みたいな傲慢な性格なら、自分より強い奴がいたら発狂してたんでしょうけど、悟空ベジータという自身と互角の敵が2人もいて、そこに加えて力の大会でジレンとかトッポとかに腹パンとか顔踏まれまくったせいか色々現実主義の行動になってましたね。

 

フリーザは悟空のところに悪い事しにきてちょっと痛い目にあって退散するバイキンマンみたいなポジションでした。悪さ的にはバイキンマン<<<<フリーザ(超)<<<<<<フリーザー(z)って感じでだいぶ丸くなりました。

 

まあフリーザがブロリーを勧誘したのは悟空とベジータは単体でも互角で、さらにポタラやフュージョンされたら手も足も出ないですし、現実的な判断ですがクウラを連れてきたら、卑怯なフュージョンも出来るんじゃないか・・・という気がしないでもないです。

 

 

ビルス・ジレン・ブロリーの強さ

 

こんな感じで映画のあらすじ・作画・内容ともに全部最高で大満足だったわけですが、今回のドラゴンボール超「ブロリー」を見て気になったのが、「ジレン・ビルス・ブロリーなどの力関係」ですね。

 

今回悟空がスーパーサイヤ人ブルーで界王拳を使わなかったのは、破壊神より強い人間であるジレンとの戦った経験から使っても無駄だと判断したんだと思います。

 

ただジレンの場合は界王拳20倍ブルー悟空を本気出さずに眼力で圧倒したり ブルーの1段階上の ブルー進化ベジータと 界王拳20倍ブルー悟空の二人がかりを 本気出さずに圧倒してたので、暴走ブロリーと同じかそれより強いということ位置づけかなと思います。「ジレン≧ブロリー」。そしてゴジータはそのブロリーを完全に圧倒していたので、「ゴジータ>>ジレン≧ブロリー」というのが妥当な見方だと思います。

 

そして、ジレン、ビルスと戦った悟空が「ビルス様より強い」と発言していますし、現状ブルー2人がかりでなんとか互角であろうビルスと比較してブロリーは戦闘描写ではブルー2人がかりでは到底敵わないので、理屈としては「ブロリーは破壊神より強い人間」であることは確定ですね。ビルス様も破壊神の中で上位の強さなので、ブロリー破壊神上位の強さがあるということになります。ここで「ブロリー>ビルス」です。

 

なので、今回の映画の描写から見える強さ関係は「ゴジータ>ジレン≧ブロリー>ビルス」だと思います。ただ個人的には悟空がブロリーをビルス様より強いって言ってましたけど、それはちょっと疑問で破壊神最強レベルであろうビルス様の実力の底ってまだ見えてない気がするんですよね。

 

あくまで天使のウィスと比べるとビルスはまだまだ雑魚というだけで、劇場版のビルス様の強さ設定なら、ブルー状態のベジットやゴジータの方が強いのは確定でしょうけど、アニメ版だとスーパーサイヤ人ゴットではまだまだ遊べないという風になっていますし、悟空の発言だけでそう言い切るのは難しいと思います。

 

そして、確かに暴走状態のブロリーとそれを圧倒したゴジータブルーは凄まじいですけど、身勝手や覚醒後のジレンの次元は、個人的なイメージとして更にその上だと思うわけですよね。。。。

 

しかしビルス様より強い超ブロリーより強いゴジータブルーってことは ベジットブルーとそれなりに戦えた合体ザマスって実はジレンより強かったという事になりますよね。にししても身勝手悟空やジレンは、もうビルス様より強い感じなのがちょっとかなしい……。

 

そして、ジレンよりブロリーの方が強かったら、それよりも強いゴジータは身勝手超えか同等になるわけで、破壊神でも到達できない領域の極意をフュージョンするだけで超えられるってどうなのかなと思いますね。じゃあもう身勝手にならなくても、フュージョンしとけばいいじゃんって話になりますし。。。

 

この辺の設定は身勝手の人気次第なのかなと思います。身勝手状態はエフェクト自体はかっこいいですけど、しゃべらなくなるので悟空としての魅力は半減なので、このままたまたま扱いでベジットやゴジータ主体で行くのか悩んでそうですね。

 

なので、いまのところの個人的な結論としては「全王>大神官>ウイス>身勝手悟空>ベジットブルー>ゴジータブルー>ジレン=ブロリー≧ビルス>悟空=ベジータ」って感じですかね。んで全体でランク付けしたら↓のような感じですね。

 

 

■殿堂入り 全王 宇宙ザマス 不死身ザマス ジレンの村滅ぼしたやつ
■最強 大神官 お付き二人 天使12人

~~~~

SSS ゴジータブルー ベジットブルー 身勝手極悟空
SS ビルス含む上位破壊神 ジレン ブロリー 身勝手兆悟空
S ブルー2ベジータ 超2ケフラ 合体ザマス 青界王20倍悟空 下位破壊神
A 破壊神トッポ アニラーザ ヒット 金フリーザ 光速ディスポ 17号 未来トランクス青黄 ブラックロゼ(鎌) 伝説ケール(暴走)
B 究極悟飯 伝説ケール(制御) サオネル ピリナ ピッコロ ベルガモ Mr.ブウ コイチアレータ

 

 

 

まとめ

 

以上がドラゴンボール超 ブロリーの感想とビルス・ジレン・ブロリーの強さ関係の考察です。映画自体は戦闘は重視なストーリーだけど、ストーリーも過度な期待はせずに行けば楽しめるかなと。

 

ただブロリーは完全に別人なので、ブロリストの人は昔のブロリーのイメージは全部捨て去って見るべきです。ただ上でも言ったようにこの展開をGTや原作の最後にどう繋げるか謎ですね。

 

そもそも原作の42巻で悟空とブルマはブウを倒してから全く会ってなかった設定なのに、今普通に会いまくってるし分かってはいますけど完全に崩壊してますね。ブルマも映画でドラゴンボールで若返ったり色々頑張ってますけど 原作最終回かなり老けてますし、ドラゴンボールで若返ったりしてるので話が合わないですね。まあドラゴンボールは戦闘シーンを見てるだけでワクワクするので細かい話はそこまで気にせず楽しみましょう。

 

ジョジョ5部のジョルノvsボス戦から考察する「結果」と「過程」の意味と関係性

 

アニメ版「ジョジョの奇妙な冒険5部~黄金の風」アニメの出来も非常に良くて改めて泣けました。4部のアニメが作画とか微妙な出来だったので、あまり期待していなかったのですが、5部のアニメは原作ファンとして非常に満足のいく出来で嬉しかったです。円盤もデジタル化の今の時代には少しかさばりますが、お布施として買おうと思います。

 

初めてマンガでジョジョ5部を読んだのは15年以上前ですが、当時はジョジョなんて1部のファントムブラッドの映画はコケて到底続編なんて無理、承太郎とDIOの時止め合戦で人気の3部はなんとかOAVされましたが、5部のアニメ化なんてまた夢の夢だったのが、2019年に高画質・高クオリティで見ることができて本当に感激しました。

 

ここ数年鉄血のオルフェンズとかひどいモノを見ていたので、今のアニメ業界もちゃんと作ればいいものができるんだなと久しぶり感動しました。

 

まあそれはひとまず置いておいて、今回は改めてディアボロのキンクリVSジョルノのゴールドエクスペリエンスレクイエム戦から見てとれる「ジョジョの奇妙な冒険~黄金の風」という作品全体のテーマである「過程」と「結果」ついて、自分なりの解釈を保存用に書いておこうと思います。

 

 

キングクリムゾンの能力の意味

 

引用元:ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風 Vol.1 (1~4話/初回仕様版) [Blu-ray]

 

 

本作のラスボスであるディアボロの操るキングクリムゾンは単純に能力の概要はジョジョのボス恒例の時間関係の能力です。キングクリムゾンの能力はデコにあるエピタフで未来を予知し、キングクリムゾンの能力で未来までの時間(5秒間)におきた事象そのものを消し飛ばすというものです。つまり、過程(5秒間の間に起こったこと)が消滅し、都合のいい結果(未来)だけを選ぶ能力だと言えます。

 

ですが、キングクリムゾンを操るディアボロはジョルノ=ジョバーナが操るゴールドエクスペリエンスレクイエム(GER)にその時間飛ばしの能力を使ったという事実自体を無効化され、死ぬまでの過程を無限に繰り返すという、カーズや吉良やDIOなどと比較して、ある意味一番エグイ最後を迎えるわけですが、これは「結果だけを重視するディアボロと、結果への過程を重視するジョルノ達との対比」になっており非常に考えさせられます。

 

 

ボス(ディアボロ):世の中は結果が全て。過程など関係ない

・ジョルノ達:大切なのは結果に行き着くまでの過程

 

 

ジョジョ5部~黄金の風での「過程」と「結果」

 

ジョジョ5部は一見、関係上はDIOの子供だけどジョースター家の血筋として、正義の心を持ったギャングスターにあこがれる少年が、悪いギャングのボスを倒すという勧善懲悪方式のストーリーですが、その中で「過程」と「結果」がとても意識されている作品です。

 

まずその兆しは、ディアボロのスタンドであるキングクリムゾンの能力ですが、他にも「結果と過程」について意識しているシーンがあります。例えば物語中盤でアバッキオがボスからの不意打ちを受けて、死んでしまうシーンですが、アバッキオは死ぬ間際の三途の川?で、警官時代に自分のせいで殺してしまった同僚の警察官が事件の証拠として、粉々に割れた酒瓶を修復して犯人の指紋を取ろうする場面に遭遇します。これをみたアバッキオは最初彼を馬鹿にするわけですが、彼はこういいます。

 

 

引用元:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

「大切なのは真実に向かおうとする意志だ」という彼の言葉を聞いて、アバッキオは最後のスタンドパワーを振り絞ってボスの若いころの顔を像の側面に焼き付けます(あんまりディアボロに似てませんが・・・笑)。

 

アバッキオはボスの正体を暴くという「結果」には辿り着きませんでしたが、向かおうとする意志がありました。そのおかげでブチャラティたちは、ボスの指紋データへのアクセスを監視していたポルナレフとコンタクトを取ることができ、コロッセオで矢を手に入れ、ジョルノが進化したゴールドエクスペリエンスレクイエム(GER)でディアボロを倒すことができたわけです。

 

結果的にジョジョシリーズでも最強格のスタンドであるディアボロのキングクリムゾンを倒したのは、主人公ジョルノのゴールドエクスペリエンスレクイエム(GER)でしたが、ジョルノが矢を手に入れGERを発現ことができたのは、アバッキオとブチャラティとナランチャの努力と死という「過程」があったからこそなのです。

 

 

引用元:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

ブチャラティ・アバッキオ・ナランチャ・(ポルナレフ?)たちは結果として死んでしまいましたが、その死は決して無駄ではありませんでした。

 

加えてエンディング後のエピローグのローリングストーンズの話で分かるようにブチャラティたちは死の運命に対して何もせず安らかに死を受け入れることもできたのに結果として辛く険しい道を選びました。

 

このブチャラティたちの運命に対する「覚悟」こそが、今まで「過程」を無視し都合のいい結果だけを選んで勝ち続けてきたディアボロとキングクリムゾンを倒し、ジョルノとゴールドエクスペリエンスを勝利へと導くことができたのです。

 

 

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ラストのキンクリ vs GER戦での「結果」は「おのれにとって都合に良い結果」で ディアボロの能力と言うのは、言うなら「おのれに都合よく運命を捻じ曲げる」能力なわけです。 ですが主人公達は運命を捻じ曲げないで、自身の正義に従って行動しました。 だからあの過酷な「過程」も、その先に待っていた「結果」も受け入れました。

 

辛い「過程」の先に待っているのが、たとえ悲痛な「運命」であっても、それを運命として受け入れ自分の信念に従って動くのが人間の強さ、これがジョジョという作品を通してのテーマである「人間賛歌」だと思います。

 

そして、今までキングクリムゾンで「過程」を飛ばして都合の良い「結果」だけを選んできたディアボロが、結果への「過程」を重視してきたジョルノとブチャラティたちに負けたという事実は、結果と過程は1つのまとまりであり「結果だけが大切なのではなく、結果に向かうための過程も大切」だという作者である荒木先生のメッセージなのだと思います。

 

他にもプロシュートの兄貴の「ぶっ殺す、そう思ったときに既に行動は終了しているんだ!」というのも、過程を重視するジョルノたちと、結果だけを重視している敵側の対比になっていると思います。

 

 

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今の世の中はすぐに結果を求める人や企業が多いですが、「過程」と「結果に向かう意志」こそが求める「結果」を手に入れるために必要な大事なものであり、ジョルの「生き残るのは・・・この世の真実だけだ・・・。真実から出た『誠の行動』は・・・決して滅びはしない」というセリフあるように『過程』を伴わない結果は真実ではなく偽りであり、ディアボロのようにいずれ滅びることになるのです。

 

 

引用元:ジョジョの奇妙な冒険 第5部(30〜39巻)セット (ジョジョの奇妙な冒険) (集英社文庫(コミック版))

 

 

アバッキオの同僚も言うように、『過程をすっ飛ばして、都合のいい結果だけを求める行為は、大切なモノを見落としていつか足元を掬われることになる』。荒木先生はそう表現したかったのだと思います。

 

人の人生とは「過程」と「結果」のサイクルであり、人生全体で見ればあらゆる結果は過程の一部です。だからこそ「結果」への「過程」は大切であり、おろそかにしてはならない。そして要所要所で見れば人生は「過程」から「結果」へ行く無限の螺旋階段であり、人は皆、この「過程」と「結果」の螺旋階段を上りながら人生を歩む運命の奴隷である。

 

これがジョジョ5部「黄金の風」という作品に込められたメッセージなのです。歴代のジョジョの作品の中でも5部は一本筋が通っていて、非常に綺麗にまとまっていて最高傑作だと思います。

 

 

「結果と過程」、「運命と覚悟」こそがジョジョのテーマ

 

5部でのテーマだった「運命と覚悟」「結果と過程」はここから6部・7部にも引き継がれていくテーマでもあり、「運命と覚悟」については6部の最後のプッチ神父とエンポリオの「正義の道を歩むことこそ運命なんだ」というやり取りやプッチ神父とメイドインヘブンの能力に代表されるように6部全体での大きなテーマになっています。

 

引用元:ジョジョの奇妙な冒険Part6(全11巻セット)

 

 

そして、「過程」と「結果」については7部の大統領戦でのジャイロの『一番の近道は遠回りだった』『遠回りこそが俺の最短の道だった』というやり取りなどに表現されており、7部は5部とはまた違ったアプローチで表現されています。

 

 

引用元:STEEL BALL RUN 文庫版 コミック 全16巻完結セット(化粧ケース入り) (集英社文庫―コミック版)

 

 

個人的に5部「黄金の風」の次に好きなのが7部「スティールボールラン(SBR)」で、これも本当に面白いので、今回の5部のアニメを見てジョジョっておもしろいなと思った人にはぜひ読んでほしいなと思います。(もちろん6部も好きですがラストとかで読む人を選ぶので・・・)

 

ジョジョの奇妙な冒険というマンガは、ストーリーやスタンド能力だけでなくこの辺りも意識して読み進めていくと、単なるスタンド能力バトルマンガではなく、テーマが「人間賛歌」というだけあって、所々に人生哲学が散りばめられており、人生について考えさせられる面白い作品だと思います。

 

 

 

 

 

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【ネタバレあり】映画「コードギアス 反逆のルルーシュⅢ 皇道」感想(評価/レビュー)と考察

 

 

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先日映画、「コードギアス反逆のルルーシュⅢ 皇道」を視聴してきたので、今日はその感想と評価、続編(ルルーシュ復活)に関する考察をまとめていきたいと思います。

 

 

大まかなあらすじとアニメ版との相違点

 

引用元:コードギアス 反逆のルルーシュIII 皇道

 

 

 

・第二次東京決戦編

 

第2部の最後では、スザクとルルーシュが電話で話してルルーシュがゼロだということを認めたその続きから。早速冒頭では追加シーンで第二次東京決戦に備えてゼロが藤堂やシンクーにイカルガの海中での配置 とシンクーの九州奪還を指示していた。そしてルルーシュは一人日本に・・・。かつて子供の頃、一緒に過ごした神社でスザクと対峙するルルーシュ。

 

「ナナリーを助けて欲しい!」と土下座をして、ユーフェミアを殺したことを責められ、スザクに頭で踏みつけられゴリゴリされるギアスr2屈指のネタシーンはそのままに。

 

その後シュナイゼルの部隊に鹵獲されるも、ギルフォードに仕込んでいたギアスで脱出。ここでシュナイゼルが「これがギアスの力というものか・・・」と発言しており、ギルフォード卿は乱心ではなく、ギアスによるものであるとシュナイゼルが認識しています。

 

やはり、皇道では全体的に黒の騎士団やシュナイゼルといったギアスと直接的な関係がないキャラクターもギアスについてちゃんと認識していることを発言する描写は増えています。やはり次の続編でもギアスは登場人物全員が意識する大きな存在になるのでしょうね・・・

 

そして原作通りこのまま東京租界に向かいゲフィオンディスターパーで一気に敵の戦力を一時的にマヒさせ、コードギアス界のピーチ姫こと藤堂率いるイカルガを出動させて、今度こそ東京を制圧しようとします。そういや藤堂さんの捕獲&救出シーンは1期2期を通して、3回くらいありましたけど最初以外ほぼカットされてましたね。

 

しかし、これを読んでいたシュナイゼルにより東京にはジノやアーニャやブラッドリー、スザクなどナイトオブラウンズが集結しており大規模な戦闘が開始。決戦が拮抗している中、世界最強のスペックになった「紅蓮聖天八極式」が現れて一気に戦況が黒の騎士団へ。

 

4人のプラッドリーの部下に空中拘束されていたゼロは、紅蓮に助けられブラッドリーは吸血鬼さんは無事昇天。ただ、原作と違うのは4人の部下は全員女の子でキューウェル卿の妹?みたいな子もいたはずでしたが 今回のリメイクではやられたのは男でした。(ここ担当してた女性声優さんはもう引退して用意できなかったとかそういうオチですかね?)

 

 

黒の騎士団の裏切り

 

引用元:コードギアス 反逆のルルーシュIII 皇道

 

 

ここもR2の見どころである黒の騎士団の裏切りのシーン、アニメだと特使として来たシュナイゼルに「ゼロはブリタニアの王子であるルルーシュだ」と言われて、扇一同「そうなのかーけしからん!!!」とシュナイゼルの言葉の裏取りもせずにルルーシュから離反し、この流れがあまりに唐突すぎることから2chとかで語られる際に、よく扇や藤堂が尻軽すぎる・恩知らずだのとツッコミが入っている場面ですね(笑)。

 

しかし、今回の映画だとシュナイゼルが来る前にゼロは秘密主義が多いなど、ゼロへの不満を口にする新規カットが入れられており、シュナイゼルはあくまで直接的な原因であってそれ以前からゼロへの不満(彼らからすれば謎のオレンジやCCの重用)があったということになっています。

 

そして、東京決戦の後シュナイゼルとディートハルト・扇・シンクが会談し、そこでギアスの話をされて、シュナイゼルの話がにわかには信じられないもののヴィレッタの追加証言もあり、今までのゼロの奇跡はギアスによるものだということには納得します。

 

そして、扇の信じたヴィレッタの言う事を信じろ的な感じで100%ゼロ(ルルーシュ)を裏切ってはいないものの、とりあえずルルーシュを事の真偽を倉庫で問いただすという展開になります。

 

そして倉庫に呼び出されたルルーシュはこれがシュナイゼルの策だと悟り、ナナリーを失ったと思い生きる意味もなくなっていたため、「黒の騎士団は単なる駒にすぎない」と諦めて開き直ります。

 

黒の騎士団は彼の発言が本心だと100%信じきれず「最後まで信じたかった」という発言をしていましたが、ルルーシュのギアスで洗脳される恐れがあるので、即射殺するべきだという同伴していたシュナイゼルの誘導するかたちで、銃殺の許可をだします

 

その際に扇?が「待て!ルルーシュにも言い分を聞きたい!」と言っていましたがそれもむなしく銃の乱射が始まります。まあそこでアニメと同じくロロが蜃気楼で助けに入るわけですがここもアニメと映画では少し変わっています。

 

ロロもアニメ版よりもセリフが多くて、なぜ黒の騎士団全員から裏切られたルルーシュを自分の命を懸けてまで庇った理由がちゃんと言葉として描写されていて良かったです。東京租界でナナリーが死んだ(と思った)ことによって、メンヘラってたルルーシュに「お前なんか兄弟じゃない!!」だの「もっと早く殺すつもりだったけどタイミングを逃しただけ」とかボロクソに言われてたのに最後までルルーシュを見捨てなかったのは、自分自身の存在にちゃんと目を向けてくれたからだからだとか。。。健気というかなんというかロロのこのシーンは原作よりも泣けました。

 

ちなみに、ここでシャーリーは一度ルルーシュと電話で話しているシーンがあり「私、ルルの事が好き。ルルが何をしていても私はずっと味方だよ」というような告白!?!??的な事をはっきりと言っていました。

 

シャーリー生存と言ってもマオ編カットしたから本筋と関係なく一般市民として生きてますよパターンかと思いきや、CCと思わせぶりな邂逅があったり、がっつり絡んできていてもはや本編とは話がちょっと違ってきています。

 

 

・神根島

 

ルルーシュがギアスで暴動を起こし、混乱に乗じて神根島に侵入する際、ギアスに懸かったナイトメアの鎮圧をアヴァロンで指揮しているのはモニカで、モニカはナイトオブトゥエルブだということが明らかになります。

 

アニメだとなにも説明なく、ギャラハットの前座のようにランスロットアルビオンに瞬殺されるので、ナイトオブゼロの従属官だと思っていたのですが、こいつ一応ナイトオブラウンズだったんだーってなりましたね。モニカってキャラデザはめっちゃ可愛いのに本編での扱いが不遇すぎて泣けます。

 

神根島でのダモクレスの剣起動の時もルルーシュがなんで、集合意識(神)を乗っ取れたか、アニメだと単にギアスを掛けただけですが、映画版だとルルーシュがギアスで訴えかけ、それに集合意識自身が明日(未来)を望むという感じでシャルルとマリアンヌを否定します。

 

ここはアニメだとルルーシュがギアスによって強引に集合意識を捻じ曲げた感じになっていましたが、皇道では集合意識自身にあたらめて問いかけて、集合意識が未来を望む(シャルルとマリアンヌを否定する)という形になっていました。

 

 

・ルルーシュ、皇帝へ

 

ルルーシュが皇帝になってからの展開は早かったです。ナイトオブワン率いるラウンズが反旗を翻して向かってくるが、ランスロットアルビオンが一体で難なく迎撃。ここは原作と特に変化なかった感じ。

 

そして、ディートハルトは映画版だとヴィレッタを撃っていたことから、記憶を取り戻したヴィレッタから扇にチクられ、個室でぼこぼこにされます。ここで扇から「黒の騎士団に残るならそれ相応の覚悟がいるだろうな!」と言われ、これを機にディートハルトはシュナイゼル側に付くという流れになります。にしても扇は何様なんでしょうねホントに。。。スパイなんだから打つのは当たり前だし、なに勝手に孕ませて結婚してるんだよ。。。

 

1作目の興道でヴィレッタを撃ったのがシャーリーからディートハルトになったことでディートハルトがシュナイゼル側になった理由が補完されています。もはや単なるリメイクじゃないです。

 

にしても一応信念があって蝙蝠しまくったスザクとは違い、ディートハルトは単純に優勢な方に付こうとしていただけということもあってルルーシュがダモクレスを乗っ取る際「お前にはギアスを掛ける価値もない」と死に際すら同情されませんでしたね。黒の騎士団には裏切られても甘々だったルルーシュも実は自分のいないところで勝手に会談して寝返ったディートハルトには相当キレていたのでしょうね笑。

 

そして、皇帝の座を乗っ取り、後宮の庭園でゼロレクイエムを計画するわけですが、ここにアニメだとルルーシュ・スザク・CCの3人だけなのに対して映画だとロイド博士とセシルが加わり5人になっています。

 

 

引用元:コードギアス 反逆のルルーシュIII 皇道

 

 

そして、超合衆国決議の話し合いもカレンとルルーシュのキスシーンは原作同様の尺がありましたが、肝心の会議は急展開ですぐにスザクのアルビオンを呼び寄せて場を混乱した次の瞬間にブリタニアの首都であるペンドラゴンにフレイヤが落とされた知らせが入って一瞬で終了し、シュナイゼルが駆る空中要塞ダモクレスとフレイヤとの最終決戦に入ります。

 

 

・最終決戦;ルルーシュVSシュナイゼル

 

戦いの内容はアニメ版ととくに大きな違いは感じなかったです。フレイヤでごり押しするシュナイゼルに対して、ニーナの作った武器でフレイヤ無効化に成功し、その隙を突いてダモクレス内部に突入。逃げるシュナイゼルを先読みして彼にギアスにかけることに成功し、ナナリーからフレイヤの発射スイッチを奪取し、ダモクレスとフレイヤを完全に制圧します。

 

ここでシュナイゼルの人物像が少し変更されていて、アニメ本編だとただ自分に興味がない一種のサイコパスみたいな描写でしたが、映画だとフレイヤの威力を目にして、それによってフレイヤの魔力に取りつかれたのではないかと側近のオカマとコーネリアに推察されていたり、ルルーシュに出し抜かれて一瞬表情を歪ませるなどアニメ版よりも感情があるキャラにされていました。

 

また最後のアーニャVSオレンジですが、アニメと同じようにオレンジが捨て身の特効により、爆散!!!!することで勝利を納め、その際にアーニャがギアスに掛かっているのではないかと気付きギアスキャンセラーを発動します。

 

青色のギアスは番外編のアギトでも出てきた要素ですが、やはり呪いの意味合いを強い赤のギアスに対して、青はそれとは対照的な祈りのギアスという感じなのでしょうか?続編が気になりますね。

 

 

・ルルーシュの死とエンディング

 

ラストのゼロレクイエム部分は特にいうほど新規カットはありませんでした。しいて言うならシャーリーが号泣しているくらいで、そのあとはカレンが家を出て学校に向かうシーンでシャーリーが合流しているといった点がアニメ版と違っていました。

 

 

引用元:コードギアス 反逆のルルーシュIII 皇道

 

 

皇道の最後は原作ではCCが誰かにひかせて自分は馬が引いている馬車の中でルルーシュのことを呟いていたのとは大きな違い、馬にのんびりと乗っているC.Cが手紙を読んでいます。アニメの最後で馬を引いていたのがルルーシュなのでは?という説はシーンごと消滅しました。

 

 

引用元:コードギアス 反逆のルルーシュIII 皇道

 

それを読みながら「シャーリーとジュレミアはこんなところに置いたのか・・・」と愚痴っています。恐らくルルーシュの死体の置き場所だと思われます。ルルーシュはVVのコードをシャルルから引き継いでるので不老不死ですし普通にピンピンしてると思ったのですが、そうでもない様子・・・。

 

結論から言うと、新作の復活のルルーシュがどういう理由で復活するのか結局はっきりとはわからりませんでした。ラストシーンを観ても断片的な情報で、やっぱり「新作で全部ちゃんと明らかになるから観に来いよ!」という制作側の意図ではないかと。

 

まあ個人的には、シャーリー生きたままになっていてよかったです。アニメと映画版の大きな違いはシャーリーが死亡フラグを立てないことで死なず済んだことでストーリーの大筋に絡んでいて、アニメだと父親が殺されて自分もロロに殺されたりとばっちりを受けた被害者感が強かったのに対して、映画だとルルーシュ側の関係者としての存在感がでてるところですね。

 

シャーリー関連の新規カットだとシャーリーがルルーシュに電話を掛けて、なにがあってもルルーシュに味方すると話す場面と、竹林でCCと接触する場面が追加されていたので、そこでルルーシュの真意とゼロレクイエムについて知り、ルルーシュの協力者になったのだと思われます。

 

 

まとめ

 

・台詞がちょくちょく変わってて、キャラの感情がアニメ版と違う風に捉えられた

 

・挿入歌がいい感じ(モザイクカケラめっちゃ良い!)

 

・アニメから10年経ってるから声優の声とか喋り方が若干変わってて面白い

 

・シャーリーよかったマジ最高!!!

 

 

こんな感じです。全体的に黒の騎士団やロロ・シュナイゼルなど、本編だとなにを考えているかよく分からず脚本の流れのままとりあえず動いていたキャラクターが、映画版(皇道)だと何を考えてその行動(黒の騎士団であればルルーシュからの離反など)をとったのか理由となる心理描写・セリフ変更があって、アニメ版よりもキャラの行動に納得がいく内容になっていました。

 

やはり大きな点はセリフがだいぶ変わっていた点ですね。アニメも映画も展開自体はほぼ同じでしたが、皇道ではキャラのセリフが説明ではなく、より掘り下げた内面描写になっているものが多く、アニメより泣けました!

 

 

感想・考察

 

やはり皇道は2作よりも追加カットも多く、シャーリーも死なないことで微妙にストーリーも変わっていますし、単なる総集編ではなく、見ていて飽きないとても満足のいく内容だと思います。どうせ総集編だろと思っている人も「Ⅲ皇道」だけは絶対見たほうがいいです

 

そして、本編をざっと見てコードギアス・反逆のルルーシュという作品のテーマは「嘘」だと思います。皆にギアス・ゼロという嘘を付くことで世界を動かし、味方だった黒の騎士団にも嘘を付き続けたことで、最終的には裏切られたルルーシュ、自分の無力さを笑顔で誤魔化していたナナリー、嘘を嫌い世界から嘘を亡くす人類補完計画的なことをしようとしていたシャルルとマリアンヌ・・・。

 

他にも作中でモザイクカケラが流れていましたし「嘘」という言葉が多く、ルルーシュとシャルル&マリアンヌの会話、そしてギアスの存在から、改めて人はなんのために「嘘」を付くのか?なぜ人はペルソナという嘘の仮面をかぶるのか?を考えさせられた作品でした。

 

近年の深夜アニメは声優のアイドル化や広告会社の中間搾取で、現場にきちんと報酬は行き届かず、とにかく話もろくに進んでいないラノベ原作をとにかくアニメにしているだけの詰まらない作品が増えていますが、ギアスOOマクロスFハルヒらき☆すたあたりの00年代後半のアニメは本当に何度でも見返して楽しめる名作が多いですね。

 

また、カレンも黒の騎士団もルルーシュが嘘をついていたことに薄々感づいており、本心を問いただしたものの最終的にルルーシュが彼らに本心を打ち明けなかったことからすれ違いが起こりました。

 

まあカレンや黒の騎士団がルルーシュサイドについてしまうとランスロットと紅蓮が揃っちゃって誰も相手しきれないですし、ナイトオブラウンズも壊滅状態なので展開的にルルーシュ側がピンチになる要素がなくなっちゃうので、カレンや黒の騎士団はスザクを抑えるためにも話の都合上敵対しないとしょうがないわなーという感じもしますが、カレンは本当のことを話していればルルーシュに一生ついていったと思います。(まあCCという嫁がいるので要らないんでしょうけど・・・)

 

そして、やっぱりカレンはギアス関連の話に関わっていないので、黒の騎士団の一員としてルルーシュと関係はあるものの共犯者ではなく、2期の学園コメディシーンもほぼ全カットなので、恋愛フラグは立たないですね。

 

ルルーシュもカレンのことは気にしてる風はありますけど、CCとの共犯者関係が強すぎます。エロいし経験豊富な年上だし自分の悩みをちゃんと分かってくれるCC大正義で強すぎるといったところでしょうか?

 

最終決戦でのCCvsカレンの機体バトルはカレンが圧勝しますが、CCから「お前の勝ちだ」と言われてもどうでもいいよという反応。そりゃ肝心のルルーシュは寝取られてますし、ナイトメアパイロットとしては、なんちゃってレベルのCCにチートな紅蓮聖天八極式で勝ってもどうでもいいですよね笑

 

そして、肝心のルルーシュの死後のシーン、アニメだとCCは馬車の乗っていましたが、映画だと一人で馬?に乗っています。ここからは完全な妄想ですが、ゼロレクイエムの最後を見る限り、原作と相違はほとんどなく恐らくルルーシュ自身は完全に世界の憎しみを自分に集めて死ぬつもりだった。

 

だけど、シャーリー・CC・ジュレミアなどの仲間は、ルルーシュを死んだあと復活させるつもりだったんじゃないかなーと。その伏線が竹林でシャーリーとCCが話すシーンなじゃないかなと推察しています。

 

だがそうなるとルルーシュはシャルルを消し去った際、シャルルがVVから奪ったコードを継承している(その結果両目ともギアスになる)ので、刺されてもVVからコードを奪った後のシャルルと同じように、その場でむくりと生き返るはずだと思うので、なんで活動停止してるのかという疑問が生まれますね。

 

復活という体にしたいので敢えて、一度ルルーシュは死んだあとなにか特定の処理をしないと復活しない的な設定は出てくるのでしょうか?まあコードとギアスに関してはほんわりとした設定なので後付けし放題ですし、谷口監督がどうのような解釈にするのか楽しみです。

 

 

終わり

 

総評としては、2chやSNSで叩かれてたR2終盤の荒い部分(黒の騎士団の唐突な裏切りなど)を丁寧に補完していてとてもよい出来と思います。ネットで突っ込まれてた部分を悉く修正・補完していますし、シャーリー生存ルートなど絶対制作サイドはネットの評判を気にして作ったと思います笑

 

Ⅲ皇道を見てないけど「復活のルルーシュ」を見る人という人はとりあえず「シャーリーは生きてる」「マオ編全カット」くらいが原作との主な相違点だと押さえておけば大丈夫です。それ以外は特に大筋に変化はありません。

 

まあコードギアスは団長が死にまくる某ガンダムとは違い、ファンが本当に求められている痒い部分をちゃんと修正して納得のいく出来を仕上げてくるあたり、やはり谷口監督は凄いですね。迷走しているガンダムもそろそろ谷口さんに作ってほしいです。

 

ⅠとⅡは正直駆け足で新規カットはあるもののガンダムシリーズなど50話を3部にまとめる、よくある総集編だなーと思っていたのですが、最後の皇道はただの本編の総集編ではなく、本編に欠けていた部分をしっかり補完しており、「Ⅲ皇道」は熱心なファンの方は是非一度見るべきだと思います。

 

皇道はもう数回見たのですが、アニメ本編と比較しながら見ないと細かい違いがよく分かりませんしBDも絶対買おうと思います!!そして、「復活のルルーシュ」もまだ情報がほとんど出ていませんがルルーシュは絶対出てくるみたいですしどうなるか楽しみですねー。では~^^

 

 

 

 

 

追記:復活のルルーシュもとても面白かったです!

 

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シュタインズ・ゲート0の設定を未プレイの人向けに解説する

 

先日忙しくて見れていなかったシュタインズゲート0のアニメ版を視聴しました。いやーやはりシュタゲはいいですね~。僕は高校生のころ、無印シュタゲ(アニメ)を視聴し、そのままゲーム版もプレイという形でこのシリーズにどっぷりハマったのですが、そのころの感動というかテンションの高鳴りを久々に感じました。

 

学生自体の思い出は社会人になった後にこそ、思い出して懐かしくなるんですよね・・・。ちょうどあの頃はギアス・ハルヒ・らき☆すた・マクロスF・ガンダムOOと深夜アニメの全盛期で、深夜アニメが本当に面白かったです。

 

そして今みたいにAmazon primeやAbemaTVみたいなネット配信やスマホも今みたいに充実していなかったので、金のない学生だった自分は夜中にテレビに張り付いて、次の日に学校で寝るという生活を繰り返していました笑

 

 

シュタインズゲートのあらすじ

 

 

 

 

 

引用元:https://twitter.com/AftamC/status/1046368462208008203

 

 

 

 

 

 

シュタインズゲートゼロは前作から派生した物語

 

 

 

とまあ与太話はさておき、今放送しているシュタインズゲート0はどういう話なのかというと、前作の無印シュタインズ・ゲートの23話の終盤から派生した物語です。

 

アニメ版のシュタインズ・ゲート23話では、過去に戻った岡部がクリスティーナこと牧瀬クリスを間違って刺し殺してしまい、絶望して未来に戻ってきます。

 

アトラクタフィールドの収束により、多くの苦難を乗り越えてやってきたβ世界戦において、その途中で岡部の大きな心の支えであり、実質的なパートナーであった牧瀬クリスに死を避けられないという事実に絶望していたところバイト戦士・天音鈴葉から今の失敗は規定事項だったと告げられ、岡部は未来の岡部倫太郎からのショートムービーを見ます。

 

その中で15年後33歳になった未来の岡部倫太郎から、クリスを救うことは可能である、自分を騙せ、世界を騙せという励ましとヒントを受け、岡部は再び立ち上がるわけです。(このシーンで流れるスカイクラッドの観測者はもうホントテンションが上がります !!)

 

そして、24話でラボメンが誰も死なず、戦争も起きないシュタインズ・ゲート世界線へとたどり着くのです。

 

(ですが、その代償としてに岡部はリーディングシュタイナーの過負荷によりシュタインズ・ゲート世界線から消滅しかかってしまい、それを今度は牧瀬クリスが岡部と同じようにタイムリープやタイムマシンで助けようとする話が劇場版の負荷領域のデジャブです。こちらも文句なしの名作です。)

 

つまり、放送しているシュタインズ・ゲート0は23話でクリスを刺し殺してしまった後、絶望している岡部に未来の岡部からのムービーが送られてこず、クリスの死の回避を岡部が諦めてしまった物語なのです。

 

その結果岡部は鳳凰院凶真を捨て、普通の大学生になり、普通の大学生生活を送っています。

 

ですが、その中で牧瀬クリスの先輩である 比屋定真帆 (ひやじょうまほ)と出会い、彼女の開発した牧瀬クリスの記憶をもとに作られたAIであるアマデウスと出会います。

 

このアマデウスはクリスが死ぬ半年前の記憶をもとに作られており、岡部との出会いの記憶はありませんが、クリスのタイムマシンのノウハウをもっています。

 

シュタインズ・ゲート0は、ルートはいろいろありますが、大筋はこのタイムマシンの開発ノウハウを持つアマデウス(クリスの記憶)を中心に動く物語です。

 

そして、この物語を通じて岡部は再び牧瀬クリスへの執着を取り戻すのです。その結果、確定した事実を改変する事なく観測者を騙すという解決策(シュタインズ・ゲート世界線へのたどり着き方)を思いつくのです。

 

そう、このシュタインズ・ゲート0の岡部こそが無印23話で、牧瀬クリスの救出に失敗し絶望していた岡部に自分を騙せ、世界を騙せとアドバイスした未来の岡部なのです。

 

そういった意味ではこの話は本編の穴埋めみたいな物語だと言えます。あのハッピーエンドにたどり着くまでにこういう悲しい物語があったんだよ的な感じです。

 

 

引用元:https://twitter.com/AftamC/status/1046368462208008203

 

 

ゲーム版シュタインズ・ゲート0

 

シュタインズ・ゲート0はゲームのパッケージを見たら何となく察しが付くと思うのですが、主人公の岡部倫太郎が恋人である牧瀬クリスを救えなかった後の話なので、ラボメンが戦争で死んだり(なぜか重要ポジで一番死にそうなダルは1回も死にません)基本的に暗い雰囲気のゲームです。

 

一応ルート選択によっては牧瀬クリスの生存している世界線に途中で行くこともありますが、最終的にクリスは復活するエンドはありません。

 

アマデウスを通じて、クリスがこの世にいないという喪失感を岡部が痛いほど味わい、牧瀬クリスへの執着を再び取り戻し立ち上がる契機となる物語です。

 

自分は正直悲しい話が苦手なので、シュタインズゲートシリーズは大好きですが、シュタインズゲート0はあんまり好きじゃないです。

 

あとゲーム本編としても世界線がこんがらがりすぎたり、クリス似のかがりの存在がご都合過ぎたり、よくわかんねぇなという点も色々あります。

 

 

 

 

他のシュタインズ・ゲートシリーズ作品一覧

 

STEINS;GATEシリーズは全部で5作品あります。基本的にxbox360とPS3があればプレイできます。

 

・STEINS;GATE(無印)
・STEINS;GATE 比翼恋理のだーりん
・STEINS;GATE 変移空間のオクテット
・STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム
・STEINS;GATE 0

 

 

まあ単純にラボメンたちがわちゃわちゃとしているのを見たいという人は実質ギャルゲーな「STEINS;GATE 比翼恋理のだーりん」がオススメです。

 

 

 

 

「変移空間のオクテット」は無印終了後のトラブルを描いた作品ですが、まあぶっちゃけそんな大した話じゃないです。(重要度低)特徴としてはゲームシステムがレトロっぽいところです。これだけPC版です。そして、「線形拘束のフェノグラム」は本編であまり掘り下げられなかったラボメンの心情を掘り下げた話です。

 

 

 

 

 

僕は無印の次に「STEINS;GATE 比翼恋理のだーりん」「線形拘束のフェノグラム」がシュタインズ・ゲート世界の話をより掘り下げており、オススメだと思います。

 

 

終わり

 

シュタインズゲートは自分の青春時代に人気だったコンテンツです。今でもとても大好きです。今回のアニメ版シュタインズ・ゲート0の放送をきっかけでシュタインズ・ゲートシリーズに興味を持ったという人は是非無印のアニメ、そしてゲーム本編や派生作品もプレイしてみてください。5pb作品の唯一の当たりコンテンツなだけあって面白さは本物です。

 

そして、先日「STEINS;GATE ELITE(エリート)」が発売されたので、完走し次第、その感想も書いていきたいと思います~!

 

 

 

 

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【ネタバレ有】劇場版名探偵コナン映画「ゼロの執行人」観た感想

 

先日GWに劇場版名探偵コナン映画「ゼロの執行人」を見てきたので、その感想をレポしていきたいと思います。

 

結論から言うと、クッッッソ面白かったです。

 

最近の邦画は漫画原作の学芸会レベルの作品が続いていてげんなりしていますが、コナンだけは安定のクオリティを維持していますね。

 

昨年のから紅のラブレターも良くて、これ歴代最高傑作だろ・・・って思っていましたが、「ゼロの執行人」もそれを超えるくらいの面白さだったと思います。

 

 

 

 

 

 

ジョリーロジャーやストライカー、沈黙のクォーター辺りは二度と見たくないレベルの暗黒期からは完全に脱出したように思います。

 

その証拠というわけでもありませんが、興行収入もここ数年は右肩上がりが続いており、ベイカー街の亡霊は10億円程度のコンテンツだったのが、今や70億円ちかい興行収入になっています。

 

そして、今年に至っては既に3週連続動員1位『名探偵コナン ゼロの執行人』は土日の動員45万3000人、興収6億1000万円。5/1までの累計で動員374万人&興収48億円を突破しています

 

コナンくん4月のパシリム、レディプレ、インフィニティウォーの大作ラッシュ勝ち抜いてV3達成しています。

 

 

 

 

「ゼロの執行人」本編の感想

 

さて肝心の本編をみた感想ですが、まず安室さん作画良すぎ&かっこよすぎですね。 僕は男なので、どーせ腐った女がキャーキャー騒いでるだけだろwwって思っていたのですが、違いました。

 

男から見てもクッソかっこいいです。個人的にトランスポーターとかジェイソンステイサム系が好きだったので、今回の車アクションの多さにめっちゃテンションが上がりました。特に車で線路走ったりしているところはテンションがむっちゃ上がりましたね。

 

安室の中の人はガンダムのアムロ=レイでお馴染みの古谷徹さんですが、64才になってもイケボですねー。正直逆シャアのアムロの時よりかっこよかったまであります。逆シャアのアムロはもはや戦闘マシーンなので、こっちのアムロのほうが人間味があって良かったです。

 

 

 

 

 

推理面では原点回帰して結構推理要素はありました。ちゃんと伏線撒いてくれるあたり雰囲気的に初期の相棒に近かったです。

 

その一方でアクションも多く、作画も高クオリティでどちらも高いレベルで纏まっていて非常に満足でした。何回でも見る価値があると思います。

 

 

疑問点&ツッコミどころ

 

まあツッコミどころとしては、ドローンや1検事がNASAや公共施設にハッキングを仕掛けるなど冷静に考えたらありえない展開が多かったと思います。

 

犯人の日下部検事は文系のはずなのにTorとかIoTデバイスのプログラミングとか短期間でウィザードレベルに使いこなせてるのはさすがに、証拠物件見ただけでは無理があるだろwっところですね。

 

あとドローンも普通に飛ばしてましたけど法律で制限されてますし・・・まあ公安のゼロの特例許可があるからいいんでしょうけど笑

 

 

引用元:https://twitter.com/hitode_boshi/status/989899014614102016?s=09

 

 

あと最後、自分の都合(正義)のためにこ~あんが組織的証拠偽造してまで何の罪もない小五郎のおっちゃんを不当に拘束して蘭姉ちゃんやおばさんに多大な精神的苦痛を与え彼らの貴重な時間を奪っておいていいのか!!ってコナンが怒るのかなって思ってたら、安室から「君の力が借りたかったから小五郎のおっちゃんを事件に巻き込んだ」とか言われて、コナンが「買いかぶりすぎだよー」と照れて映画終了で、それで済ませていいのかコナン!?って思いました。

 

まあゆで卵理論ではありませんが、面白ければ細かい点なんてどうでもいいです!!

 

 

まとめ

 

コナンの映画、安室さんかっこいい以外の感想見かけなくて、腐女子が騒いでんのかなぁぐらいに思ってたけどひたすらに安室さんがかっこよかった。

 

あればやばい。安室さんが車に乗ると豹変する人間の最終形態だと思いました(目がやばかった)

 

あの時の安室さんは急造でサイコフレーム付けたνガンダム乗って、仕方なくサザビーに乗った構ってちゃんの相手してた時よりも輝いてましたね。

 

あと蘭とかもうただのお荷物ですし、角生えてるし本格的に灰原ルート突入を個人的には希望しています。(今回の映画でも灰原の嫁さん感が半端なかったです。)

 

来年は怪盗キット中心の話みたいですが、この調子だとまたかなり面白いものが見れそうなので期待して楽しみにしています!

 

 

 

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名作だけど狂気のアニメ、「星のカービイ」をぜひ見てほしい

 

アニメ版「星のカービイ」

 

アニメ版星のカービイはゲーム「星のカービィ」シリーズを元にして制作されたアニメ。

 

 

 

内容は簡単に説明すると、飛行船の故障でカービィがプププランドに流れ着く、がそれを快く思わない、プププランドの統治者:デデデ大王がナイトメアが生み出した魔獣を購入し、それをけしかけてカービィを倒そうとするが、結局カービィがコピー能力を使って倒すという1話完結の子供向け勧善懲悪のストーリーである。(全100話構成)

 

だがフームを始めエスカルゴンなどのキャラクター、デデデ大王を始め、ゲーム登場キャラの性格もイメージとかけ離れた大幅に変更されており、世界観もアニメオリジナルになっており、放映当時はゲーム原理主義者が猛烈なアンチ活動をしていたり、賛否の分かれる作品であった。

 

しかし、現在は星のカービイというコンテンツ自体が新しいコンテンツの登場により全盛期よりも下火になったり、アニメ産業自体の質の劣化もあり放送終了から長らくした後再評価される流れとなっている。ガンダムSEEDに近い。

 

そして土曜朝7:30に放送されていた子供向けアニメにも関わらず、時事ネタやメタ発言が豊富なため非常にカオスであり、その内容のカオスさからネットでは和製サウスパークともいわれている。

 

 

癖の強いキャラクター達

 

アニメ版星のカービイは上述したように和製サウスパークと言われるくらいカオスな内容の話が多い。そういった内容になるのは登場人物の頭がおかしいことから起因しており、ゲームのキャラであるカービイやデデデ大王を始めとした従来のキャラクターが謎キャラにされている。加えて、デデデ大王の側近であるエスカルゴンをはじめとしたプププランドの住人などのアニメオリジナルのキャラもなかなか癖が強い。

 

 

カービィ

 

今回はゲームと違い出生の秘密が明かされている。 本来なら二百年後に目覚めるはずだったが、かなり早く起こされたため知能は赤ちゃん並で言葉も「ポヨ」や片言の単語しか話せない。

 

 

ポヨ!ポヨイ☆

ポヨ~?プュゥ…ポヨ?ポヨ~ポヨヨ~イ♪

ポヨ☆

ポヨ・ポヨポヨヨ

 

 

と某電気ネズミよろしく鳴き声で感情を表現する。だが一応最強無敵の星の戦士であり、体力スタミナ無限のコピー能力持ちで強さはチート。これで赤ん坊なのだから末恐ろしい。

 

だが言葉も満足にしゃべれず知能も低いので、魔獣と戦うとき以外は基本フームや、アニメ版カービィ界唯一の畜生であるトッポリに介護されている。なので、回によっては村人やデデデに都合のいいように使われており、デデデ大王やエスカルゴンからはピンクの悪魔・哀れなピンクボールなどぼろくそに言われていたりする。

 

 

デデデ大王

 

 

ゲーム版では国民から全ての食べ物を奪い去ってたり好き放題していたが、いざという時はしっかりするみたいなキャラだったが、アニメ版ではただのガイジアホの子と化した。悪役キャラではなく、大王という独裁者の地位と特権を利用し、単に好き放題やってるだけで、自分のふるまいを悪いと思ってないっぽいから余計たちが悪い。だが自分から悪の枢軸だの独裁者を自称していたり、プププランドの住人を「哀れな人民ども」と言ったりと、発言の節々が子供向けアニメのよくある悪者キャラではなく地味にシリアスで面白い。

 

アニメ版では

 

・森を伐採してゴルフ場を作ろうとする

 

・家来であるワドルディを自販機で販売する人身売買を行う

 

・工場を建設し汚染水を垂れ流す

 

・おまけつきお菓子ブームに便乗しコンプガチャ商法を展開する

 

・村にテレビを普及させ、意図的に編集した映像でカービィを悪者にする偏向報道を行う

 

・電波ジャックで違法視聴を行う(本人曰く国家ぐるみ場合は犯罪ではないとのこと)

 

 

などなど子供向けアニメの悪役とは思えないシリアスな非道の数々を自覚なく行っている。また森林伐採をしている最中に彼の口から飛び出した「環境破壊は気持ち良いZOY☆」など多くの迷言があったりアニメ版カービィのカオスっぷりの6割くらいを担っている。他にも魔獣を販売しているホーリーナイトメア社からの魔獣購入代金を踏み倒し続けており、その合計は117京441兆2426億1370万8686デデンとなっていたりする。

 

彼の珍発言まとめシーンは「ホモと見るしゃべるペンギン」でググれば恐らく視聴できると思うので、興味の沸いた方は方は是非一度見てほしい。

 

 

フーム

 

出典:公式イラスト

 

 

こちらはアニメオリジナルキャラクター。プププランドの大臣・パームの娘で、ブンの姉でカービィの親友という位置づけ。このキャラもなかなかアクが強い。というのも本作品ではキャラ一の常識人で頭脳明晰、知識も豊富で村人たちの信頼も厚い。

 

がデデデ大王の専制君主制に反対しており、基本的人権の主張や民主主義による平和な世界、教育や芸術文化の普及を望んでいるなど子供向けアニメの子供キャラとは思えないくらい常識人過ぎる。

 

常識人過ぎて、大衆心理に惑わされまくる本作のキャラクターの中ではかなりの左寄りとなっており、インテリ左翼系のプロ市民気質があり逆に怖い。実際51話でデデデに内緒でカービィの誕生日祝いを準備していた際はクーデタを計画していると疑われたり、自然保護に熱心になりすぎて、プププランドの住人から若干顰蹙を買っていた際デデデ大王から「良き市民運動家の宿命ぞい!」などと言われている。

 

基本的にこのアニメの社会風刺描写の大半は彼女の問題提起から始まることが多い。彼女自体も子供なので作品の中で行動に矛盾している点も何点かあるが、基本的には常識人の良いキャラである。中でも魔獣教師(83話)でのこの発言は考えさせられるものがある。

 

 

「みんなのためと思って叱らないようにするとやる気がないと言われ、反対に頑張り過ぎると暴力教師と呼ばれる。先生はどうすればいいの?」

 

「先生も力不足かもしれない。でも、立場を理解してほしい。 もちろん、あたしはこんなこと言う資格はないわ。でも、先生ばかりに責任を押し付けないで。お願いよ!」

 

 

とても子供がいうセリフとは思えないものが多数あり、その年部相応な常識人っぷりは弟のブーンが年相応な子供な分余計際立っている。またその一方で基地外ゲージに全振りした、星のフームたんという神回も存在する。

 

 

 

 

デデデ大王が雇ったオタクの3人組:オタキングに目を付けられ彼らの作ったアニメのヒロインにされた、そのアニメのタイトルが星のフームたんというわけなのだが、内容はとてもカオスで土曜朝のお茶の間を凍り付かせた。

 

また彼女の父親であるパームはかつて母親であるメームにストーカー行為を働いたことがあるなどこれまた子供向けとは思えない内容である。

 

 

コックカワサキ

 

アニメ版カービイを語るうえで外せないのがこのコックカワサキ。

 

 

 

これまでゲームでも度々ボスとして登場していたコックカワサキだが、アニメ版では子供向けアニメに出てくるキャラクターとは思えないサイコパスなキャラとなっている。感じ的には蛭子能収を彷彿とさせる。

 

 

引用元:https://twitter.com/mathmaskman/status/978780865051283457/photo/1

 

 

上記の発言だけでもやべーやつだというのが分かっていただけるだろう。またフームからカービイをカワサキのレストランに住みこみさせてくれと頼まれた際はシゴトキツイヨキュウリョウヤスイヨヤスミナイヨ というブラック企業みたいなセリフをブラック企業が社会問題化する前から平然と放っている。

 

他にも、コックカワサキに対する他のキャラクターの当たりもなかなか辛辣で、デデデ大王を始めとしたプププランドの住人からはお前の料理は不味いけど安いといったニュアンスの発言を目の前で平然と言われる。特にデデデ大王からは遅い・不味い・見た目も悪いなどボロクソ言われている。

 

だが本人はひどいなぁーの一言で済まして何も改善しようとしないし、34話で師匠であるコックオオサカが来たり、他にも兄弟子のコックナゴヤが村を訪れて、カワサキの料理技術にテコ入れしているも一向に改善しない。これもまたコックカワサキのサイコパス臭に拍車をかけていると言っても過言ではないだろう。

 

 

アニメ版星のカービィの神回

 

 

・49話「星のデデデ」

 

 

デデデ達が「星のデデデ」とうオリジナルアニメを作るにあたって、企画・キャラデザなどなどアニメづくりの一連の流れが学べる第二のシロバコともいえる神回。

 

「才能はないけど根気だけはある物好きは腐るほどいるでゲス」「好きでやってる連中は給料安くで済むでゲスなあ」などなど、アニメ制作で酷使されるプププランドのキャラクターを通じて、現代のアニメーターの劣悪な労働環境などを散々皮肉らせている。また最後のプロットと作画が崩壊したアニメを見たフームが放つ「酷さを極めると芸術ね」という最後の締め言葉は鉄血のオルフェンズなどの昨今の廃材アートMADブームを予言していたような神懸りっぷりである。

 

 

 

 

・89話「キモアニメ、星のフームたん」

 

 

 

49話「星のデデデ」に続くアニメ回その2、キモオタがフームをストーカーし、集めた音声を使って星のフームたんというお茶の間が凍り付くような萌えアニメを流す回。自分のアニメプロットを一生懸命説明しようとするカービィがとてもかわいい。

 

 

 

他の回も子供向けアニメらしからぬ社会風刺や皮肉が混ざっており、大人でも普通に楽しめるクオリティとなっている。

 

 

終わり

 

こんな感じでアニメ版星のカービイは非常にカオスな作品である。だがそのカオスさがいい意味に作用し、作品自体は大人が見ても非常に面白いものになっている。

 

環境問題や産業革命以降の資本主義社会システムの欠陥やゴミ問題、果ては異常気象や外来種問題など・・・現代社会が突き当たっている問題を風刺した子供向けとは思えない内容のアニメである。

 

だがこんなアニメだからこそ自分はアニメ版星のカービイは面白い作品だと思う。というのも、今のアニメ作品は確かに昔に比べて量は増えたと思う。しかし、規制やクレームのせいもあってか非常にお茶を濁した内容のものが非常に多く見ていて何も面白くないものが溢れかえっているように私は感じる。

 

やはり90年~00年代のアニメや特撮は見ていて視聴者が考えさせられるものが多く、私自身も子供のころは何となく見ていたけど大人になってから見返してみると、こういう意味だったのかと気づかされることが多い。

 

このアニメ版星のカービイは00年代の作品なので、画質も見れるレベルだし今の世代の人には見れるものだと思う。

 

DVD自体は発売元が倒産したこともあり途中までしか発売されていないが、円盤化されていない話数もネットを探せば転がっている。なので、見ていないという人には是非見てほしい名作アニメの1つである。

 

 

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